デニムミニの少女

MiniActive > バーチャル > デニムミニの少女 > part.18

* 解放者たち

美那子は運よく、警察署に到着後すぐに九条と会うことができた。
九条は帰りじたくをし、警察署の建物を出て、駐車場にとめてある自分の車へと歩いている途中で、警察署の敷地に入ってきた美那子と偶然鉢合わせしたのだった。
九条の顔を見るなり大量に涙を流しながらむせび始めた美那子を見て、九条は何があったのかと驚きながらも、美那子の背中をさすり、事情を聞いた。
美那子は泣きながら説明しようとしたが、
「母と父がラテスケンスに感染して…」
というのみであとが続かず、また嗚咽しながら涙を流し続けるのだった。
九条は感染した両親に美那子が何かされたのだと悟り、こう言った。
「そうだったのね…。
 ここじゃなんだから、いったん私の車に乗って」
泣き続ける美那子に肩を貸し、なだめながら、九条は自分の車へと美那子を連れて行き助手席のドアを開けて美那子を中に座らせた。
そして自分も運転席に座って車のドアにロックをかけると、おだやかな口調で言った。
「とりあえず、ここは安全よ。
 どうかしら、警察官と被害者としてではなく、お互い友人として、今日は私の家に来ない?」
美那子は泣き続けながらも、九条への返事の声を絞りだした。
「ありがとうございます…今は頼れる人が九条さんしかいなくて…」
九条は美那子の頭を何度かなでて、車をスタートさせた。
「何があったか話すのは落ち着いてからでいいわ。
 ラテスケンスはびっくりするぐらい急速に広まっているらしくて、私も署へ通勤するのに、危険だから電車はやめて車にしたの。
 …おかげでこうやってあなたを私の車に乗せられたわけだけどね」
九条のことばに、美那子はまた、
「ありがとうございます」
と泣きながらくり返した。
しばらくお互い無言のまま車は進み、途中の信号待ちで九条が美那子の方をちらりと見てみると、美那子は数分でだいぶん落ち着いたように見え、もう嗚咽はしておらず、ハンカチで自分の涙を拭いていた。
九条は美那子に話しかけてみた。
「署内でもラテスケンスの対策会議が毎日あるんだけど、ラテスケンスに感染した者同士が二人以上集まると、必ず協力しあうらしいのよ…」
それを聞いて美那子は、先ほどふたりで自分を襲ってきた両親のことを思い出し、また涙があふれ出しそうになったが、あまり泣き続けても九条にさらに気を使わせてしまうと考え、なんとかこらえた。
そして返事の代わりにひとつの質問をした。
「感染した人同士が出会うと、お互いに感染してると気づけるんですか?」
九条は車を進めながら答えた。
「署内で共有された情報によると、そうらしいわよ」
美那子は数秒沈黙していたが、次に口をついて出たのは、
「ラテスケンスについてわかっていることを、もっと教えてもらえないでしょうか」
ということばだった。
九条は気軽な口調で、
「いいわよ、わかっていることと言ってもあまりたくさんはないけど」
と承諾した。
九条は細かなことから話し始めたが、美那子が衝撃を受けたのは、ラテスケンスに感染した人たちによる大きな組織ができているらしいということだった。
「リーダーが誰だとか、どこに本拠地があるかとかは、まだわかってないけど、犯罪を犯して逮捕された感染者の何人かの供述で、その存在が明らかになったの。
 自分たちのことを『解放者』と呼んでて、私はなんだか新興宗教みたいなイメージを持ったわ」
それを聞いて美那子は無表情のままつぶやいた。
「『解放者』ですか…自分の欲望を解放したとでも言いたいんでしょうか…」
美那子のつぶやきに九条は軽く笑いながら答えた。
「そんなとこでしょうね…正しく生きてる人たちの生活をおびやかすような行為が『解放』だなんて、おはなしにならないわ」
美那子はまったくだと思いながら、気になっていることを聞いてみた。
「感染して超人的な能力をもった感染者を、警察の方たちはどうやって逮捕してるんですか」
それを聞いて九条はちらりと助手席の美那子を見て、言った。
「スーパーマンのあなたが警察官だったらいいのに…といつも思ってるけど、今のところあなたなしでも何とかなってるわ。
 容疑者が戦闘モードのときは絶対にアプローチしないようにしてるの。
 容疑者が普段の生活で油断しているときに、私服で近づいて、背後からスタンガンなんかで動きを封じて、あとは服を脱がせてしまえば普通の人間に戻るでしょ」
美那子はそれを聞いて納得した。
「なるほど、そうですね。
 感染者は凄いスピードや怪力があっても、ダメージは人間並みに受けてしまうんでしたね…」
美那子のそのことばに、九条は少し声色を変えた。
「それで思い出したけど、大阪でスピードと怪力のどちらも持たない感染者が逮捕されてたのよ」
美那子は驚いた。
「何の能力も持たない感染者がいるんですか?」
九条の表情が少しくもった。
「それが、わからないのよ。
 逮捕して留置してたんだけど、次の日には消えてしまったの」
「消えてしまった?」
「どうやったのかわからないけど、留置所から脱走したのよ」
「それは、つまり…」
「ただ単に何らかの方法で脱走したのかもしれないけど、普通に考えると当時の状況では脱走は不可能だという報告なの…。
 現場検証と考察の結果、ラテスケンスの未知の能力ではないかという説が濃厚になってきてるの」
「未知の能力…スピードとか怪力以外の能力ということですか…」
「そう。まだ推測だけど、超スピードも怪力も持たないのに自分を『解放者』と呼んでいた男が、留置されて次の日にこつ然と消えてしまった…。
 男は何かわれわれには未知の能力を持っていたのではと言われ始めてるの…」
「まるで魔法のようですね…」
しばらくふたりは黙り込んでしまった。
ふたりを乗せた車は、ちらほらと商店が立ち並ぶ暗い道をゆっくりと進んでいた。
どの商店も閉店時間が早いのかのきなみ閉まっており、まばらに設置された街灯の明かりのみが、暗い道路を弱々しく照らしているのだった。
何気なく外を見ていた美那子が、突然「あっ」と声を出した。
九条がどうしたのかと尋ねると、美那子はあわてた様子で言った。
「車を止めてください!
 見えたんです、今通りかかった工場の敷地内に、五、六人の男の人がいて、セーラー服の女の子を運んでいたんです」
九条は驚いて車を止めた。
止めたとたんに美那子はドアを開けて外に出た。
そして車の中にいる九条に言った。
「九条さんは警察に連絡してください。
 女の子がマネキンか何かなら私があとで怒られれば済むことです。
 でも、本当に女の子が運ばれているんだとしたら、何かされる前に早く助けないと!
 すみません、私行ってきます」
言うが早いか、美那子は元来た方向に走り出した。
九条はあっけにとられて数秒間ぼう然としていた。
美那子の言った内容にも驚いたが、さっきまでめそめそと泣いていた女の子の変わり様に驚いた方が大きかった。
さいわい寂しい道路で後続の車も皆無だったので、九条は車をバックさせ、美那子が言っていた工場の敷地の前まで来ると、路肩に停車し、目を凝らして暗い工場の敷地内を見てみた。
何も動いているものはなかった。
「もう建物の中に入ったのかしら…」
九条はつぶやくと、警察署への連絡のために携帯電話を取り出した。

工場の敷地を何十メートルか進むと、大きな建物があり、大きな鉄の扉は閉まっていたが、わきに小さな普通のドアがついていた。
美那子がドアを開けてみると、鍵はかかっておらず、美那子はすんなりと工場の内部に入ることができた。
<きっとこの中に入って行ったんだわ>
自分がしていることは間違いなく住居侵入罪なのだろうと思いながらも、美那子ははっきりと見えた数人の男に運ばれるセーラー服の少女のことが心配で、照明の消えた暗い工場内をなるべく物音をたてないように進んで行った。
ところどころに非常灯の明かりがあり、かなり暗いながらもなんとかあたりの様子をうかがい知ることはできた。
大きな機械がたくさんおかれて迷路のようになった工場内をしばらく進むと、前方の何かの作業台の上に、先ほど見たと思われるセーラー服の少女が横たわっているのが見えた。
マネキンではなく、本物の人間の少女だと確認できた。
少女を運んでいた男たちはどこに消えたのだろうと思いつつも、美那子はゆっくりと作業台に近づき始めた。
突然、美那子の真上あたりにあった照明が点灯した。
美那子が驚いて動きを止めると、周りにおかれた大きな機械のものかげから五人の若い男たちが現れ、美那子を取り囲んだ。
「おやおやこれはこれは…」
五人のうちで黄色いシャツを着た男がにやにやしながら声を上げた。
「誰か来たと思ったら、こんなにかわいい侵入者さんとは」
言いながら男は美那子をつま先から頭のてっぺんまで眺め、舌なめずりをした。
美那子を恐怖が襲ったが、すぐに自分はケレールやフォルティスの力で無敵なのだからと、気持ちを強く持つことにして、言った。
「勝手に入って来た私に非があるのは認めます。
 しかし、何人もの男性がひとりの女の子を運んでいたのが見えたので、どうしても気になったのです。
 あなたたちはここで何をしているのか教えていただけませんか」
美那子を取り囲む五人の男たちがいっせいに笑い声を上げた。
美那子は恐怖にのまれない努力をしながら、慎重に五人を観察した。
全員二十代のようだ。
五人の体格から、肉体労働者か、何かスポーツをやっているように見えた。
黄色いシャツの男がまた言った。
「勇敢なのか、それとも頭のネジがゆるんでるのか、この状況をわかってないようだな。
 女の子のことより、自分がここから無事に帰れるか心配した方がいいぞ」
美那子は緊張で自分の心臓の強い鼓動を感じたが、はっきりと男に答えた。
「悪意を持ってその女の子や私に何かしようとしているなら、私はあなたたちを許しません。
 ケガをしないうちにここから立ち去ってください」
また五人の男が笑い声を上げた。
黄色いシャツの男はおどけてみせた。
「おお、おそろしい。
 ミニスカートの、か弱い女の子にそんなことを言われるとは。
 それとも、あんたカンフーでも使えるっての?
 …なら、ちょっとこっちに向かってハイキックでもして見せてよ。
 撮影してあげるから」
五人の男はさらに大きな笑い声を上げた
美那子は心を決めた。
「ごめんなさい、あなたたちを倒します」
言うが早いか、美那子は自分を囲む五人の腹に順番に蹴りを放った。
一瞬にして五人の男たちは地面に崩れ落ちた。
ケレールのスピードを持つ美那子の動作を見られた者はいなかった。
何が起こったのかもわからないまま、五人の男は自身の腹をかかえてうめき声を上げた。
「なんだこいつ、ものすごく腹がいてえ…」

美那子は男のひとりを飛び越えて、セーラー服の少女が乗せられている作業台の前に行った。
先ほどからそうではないかと思っていたが、間近で見ると美那子の高校のセーラー服に間違いなかった。
そして、少女の顔を見て美那子は驚いた。
少女は美那子の属する高校の陸上競技部の後輩だった。
「ラナちゃん?」
少女の名前は青島ラナといい、今年陸上競技部に入ってきた一年生だ。
「ラナちゃん、ラナちゃん」
美那子はラナを軽くゆすぶりながら呼びかけてみたが、何の反応もなくぐったりしたままだった。
確認すると脈があることは確かだが、気絶しているにしても、揺さぶっても起きないことに美那子は大きな不安を感じた。
そのとき背後から九条の声がした。
「白神さん、全員倒したのね」
美那子が振りかえると、大きな機械の間を通り抜け、九条がこちらに向かってきているのが見えた。
「九条さん、この子、私と同じ高校の後輩です」
美那子が言うと、九条は「まあ」と声を上げて、腹を抱えて痛がりながら倒れている男たちを回避するようにまわりこんで、美那子の横に来た。
「もうすぐ警察官がここに来るわ」
九条が美那子に教えると、美那子は申し訳なさそうな表情になって言った。
「すみません、この子が心配だったのと、襲われそうだと感じることを言われたので、先にこの人たちを倒してしまいました」
九条は地面に崩れて腹を抱えている男たちを見て、
「謝ることはないわよ。正当防衛なのはわかってるから」
と言った。
地面の男たちのひとりが、声を絞り出した。
「くそう、信じられねえ…解放者のおれたち全員を一瞬でダウンさせやがった」
九条と美那子は顔を見合わせた。
「『解放者』…」
ふたり同時につぶやいたが、九条は続けて言った。
「やっぱりこいつら感染者だったのね。
 今のうちに感染衣類を脱がせておかないと逮捕がやっかいになるわ」
美那子は携帯電話を取り出し、作業台の上に横たわるラナの方を示しながら、九条に言った。
「私、救急車を呼びます。
 この子が目を覚まさないんです」
九条はラナの手首に触れて言った。
「脈はあるけど…心配ね」
美那子と九条がやりとりをしている間に、美那子の一番近くに倒れていた黄色いシャツの男は、静かに這いずって美那子の足元に近づいていた。
そして、美那子の右脚に手を伸ばし、白いハーフブーツの上から美那子の足首をつかんだ。
美那子は突然全身の力が抜けるのを感じ、その場に倒れこんだ。
九条が驚いて声を上げる前に、黄色いシャツの男はもう片方の手で九条の左足首をつかみ、九条も同じようにその場に倒れこんだ。
体にまったく力が入らず、体を少しも動かせなくなった美那子と九条は、何が起きたのかも理解できず、ただ男に足首をつかまれているのだけを感じていた。
「残念だったなおふたりさん。
 ほんと、油断禁物ってやつだ」
黄色いシャツの男が言うと、他の四人の男たちが腹の痛みに耐えながらも、ゆっくりと上半身を起こし始めた。

つづく